前回のブログでは、コーチングが実践されない/浸透しない原因についての持論を述べた。(前回ブログへ)
原因には、マネジャー自身に起因するものもあれば、部下に起因するものもあれば、上司と部下の相互作用に起因するものもある。
前回のブログには書いていないが、評価制度も関連していそうである。
例えば、外資系企業の中には、「マネジャーの一番の役割はコーチングだ!」と明言し、マネジャーの評価項目(優先順位1位)にコーチングを掲げているところがある。
評価制度と連動しているので、マネジャーはコーチングを意識・実践せざるを得ない。(せざるを得ない、という表現だと健全ではないかもしれないが)
もう1つ、コーチングの実践を阻害している要因には、組織風土も関連する。
業績第一、指示命令型、軍隊のような風土をもった組織に、コーチングは浸透しないだろう。
コーチングを正しく理解することから
評価制度や組織風土という、(無視はできないが)独りのマネジャーではコントロールできない要素は脇に置いて、現場のマネジャー自身が理解とコントロールが可能な範囲で、コーチングをきちんと実践できるようになるためのポイントを列挙していく。
私は、コーチングというものがきちんと理解・実践されれば、部下と組織の成果がもっと高まると思っている。
コーチングは、部下とのかかわり方そのもの
前回のブログでも示した「コーチングの定義」を再掲する。
コーチングとは、対話を重ねることを通して、クライアントが目標達成に必要な知識、考え方を備え、行動することを支援するプロセスである。
出典:コーチ・エィ著 鈴木義之 監修『新版 コーチングの基本』日本実業出版社 2019年(Amazonへ)
※ ”クライアント” という言葉は”部下”と読み替えてよい。
別の人はこう言っている。
コーチングは、管理者が部下の職務パフォーマンスを改善するための、1対1のフィードバックやアドバイスを提供する活動
出典:中原淳 編『人材開発大全 第10章 OJTとマネジャーによる育成活動(松尾睦 著)』東京大学出版会 2017年
定義を読むと、コーチングは 部下との関わりそのもの のことを言っていることが分かる。
部下が自らの目標を達成するためにどう関わるか、ということである。
コーチングとは、部下との関わりそのもののことである。
そのうえで、コーチングが現場できちんと実践されるためのポイントを列挙する。
ポイント① 部下との関わりのお作法を知る
部下との関わり方にはお作法(基本) がある。
以下のサイクルは、部下との関わりのプロセスを示している ”お作法” である。
出典:中原淳 著『マンガでやさしくわかる 部下の育て方』日本能率協会マネジメントセンター 2017年
① 観察・・・部下を観察すること
② 目標契約・・・部下に目標を理解させ「契約」すること
③ 振り返り・・・過去、現状、目標を意識させること
④ フィードバック・・・耳の痛いことを告げて立て直すこと
これが ”部下育成” のお作法である。
質問:コーチングという言葉がどこにも出てきませんけど・・・
答え:このサイクル全体(①~④)が ”コーチング” を表しているのですよ。
前述しているコーチングの定義を再度確認してほしい。
コーチングは、部下とのやりとり全般の行為だ。ほめたり、叱ったりするだけがコーチングではない。まずはこの点をしっかりと踏まえてほしい。
次に・・・
ポイント② ”目標”を握る
どういうことか。ポイントはサイクルの②である。
②に「目標契約」とある。部下と目標を握る(=目標達成という契約を交わす)のであるが、”目標” には2種類あるということを踏まえること。それは・・・
- 業務目標
- 能力開発目標(キャリア目標という会社もある)
である。本来マネジメントでは、この両方の目標を握る必要がある。
サイクルを見てわかる通り、
部下との関わりには、まず目標がなければならない。
現場の多くのマネジャーは、業績目標は間違いなく部下と握っているだろう。
能力開発目標はどうだろうか?部下育成に関わる大切な目標である。
能力開発目標のない育成行為に、ほとんど意味はない。それは、場当たり的に部下をほめたり、叱ったり、アドバイスをしたりしているだけではないだろうか。
人は、1回言われただけで態度や行動が変わり、成長することなど滅多にない。(皆さん自身もそうではないだろうか)
部下との関わりにおいて、育成を実のあるものにするには、
1.部下との間で、能力開発目標を合意する
2.その目標について、計画的、継続的に部下とやりとり(③振り返り ④フィードバック)をおこなう
これが基本。これができて、部下に変化や成長がようやく見られる。
部下との関わり全般を示している「コーチング」をきちんとやっていくには、業務目標だけでなく、能力開発目標の設定・合意も重要なのである。
ポイント③ 質問・傾聴を使う意図を正しく理解する
あるマネジャーが、「部下に一方的な指導しても効果がないので、本人に気づかせるために質問を投げ、傾聴しています」とおっしゃる。
この様子のことを ”私は部下にコーチングしている” と表現されている。
この方がコーチングの定義を正しく理解されていれば良いのだが、たぶんそうではない。勘違いされている可能性が高い。
質問と傾聴を上手に活用することは大切だが、このマネジャーは部下に何を(何に)気づかせようとしているのだろうか。
恐らく、マネジャーの頭の中に「部下に教えたいこと(=自分にとっての正解)」があって、そこに誘導するように質問を投げかけ、部下に ”正解” を言わせたいのだろう。
ここで、コーチングの狭義の捉え方を紹介する。
コーチングと比較されるものとして、ティーチングというものがある。ティーチングとは文字通り、「(自分の持っている知識やスキル、経験を相手に)教える」ことである。
この ”ティーチング” に対して、コーチングを狭く捉えることがある。こんな定義がある。
コーチングとは、「引き出す」コミュニケーションのこと
出典:谷益美 著『リーダーのための! コーチングスキル』すばる舎 2017年
これまでに紹介したコーチングの定義を広義とすると、この定義は狭義と言えよう。
もしかすると、多くのマネジャーは狭義のコーチングのことを ”コーチング” と捉えているのではないだろうか・・・(仮説)。
上記したマネジャーのやっていることはティーチングであって、狭義のコーチングではない。
ティーチング自体は悪いことではない。
注意したいのは、ティーチングばかりのコミュニケーションになっていると、部下のモチベーションが上がらないし、自分の複製・ミニチュアをつくるだけになりますよ、ということである。
狭義のコーチングとティーチングの違いを誤って理解しているようであればご注意を。
この点も、現場でコーチングが実践・浸透されない要因につながっている。(経験のある部下にとっては嫌がる接し方なので)
ポイント④ 経験がある人にこそ、コーチングが有効
上記したティーチングは、経験不足の人(新人、若手)には有効な接し方であるが、一定程度経験を積んだ部下にこの接し方が果たして効果的なのか。おそらくNOだ。
経験があれば、マネジャーに言われなくても自分なりに考えられる。マネジャーにとっての ”正解” を聞かされても「はいはい、わかりました」ってなものである。
質問:じゃあ、経験者(中堅社員以上)にコーチングをするってこと?経験のある人にコーチングをする意味や効果はあるの?
答え:ある。とてもある。
経験のある人でも、全ての物事を理解しているわけではない。盲点だってある。経験があるからこそ、”いつものパターン” で思考してしまい、マンネリ化ということだってある。
だからこそのコーチングなのである。ここで言っているコーチングは、質問・傾聴を活用した狭義のコーチングのことである。
部下にいろんな角度の質問を投げかけ、思考の殻を割る支援をするのである。
経験者には関わり(コーチング)があまり必要ない、という固定概念がコーチングの実践を阻んでいる。もったいない。この思考はストップしたほう良い。
ポイント⑤ 自分以上の人材を育てる意識
部下の成長、更に言えば組織の成長にとって、自分以上の人材を育てるために、時には部下の思考を信じて、完全に任せることが必要だ。
そのために、狭義のコーチングは重要である。
質問を投げかけ、(余程のものでない限りは)彼/彼女自身が考えたアイデアを信じて、任せる。期待を伝え、支援する。応援する。
時にはリスクを伴ったり、成果を出すまでにやたら時間のかかることもある。そうであっても信じて、任せきる。
信じて任せれば、部下は自分で考えたこと/決めたことなので、主体的に、責任をもって事に当たる。そして、変化・成長していく。
上司としては、部下に任せきるためには勇気と度量が必要だが、部下と組織の持続的な成長にとっては覚悟を決めてやっていくこと。上司の本来役割である。
今日は、コーチングが現場で実践されるために、きちんと理解したほうがよいと思うポイントを書いた。(広義と狭義、両方をきちんと理解することが大事)
マネジャーの皆さんや人材育成担当者の方々に参考になれば幸いである。
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